ここで、当サイトの名前を「独を以て毒を制する」としました。その理由について書いていこうと思います。
例えば、「司法試験 独学」などとして検索してみてください。たぶん、予備校や資格情報サイトなどが出てくるんじゃないかな、と思います。
そこにはどう書いていますか?大体、「司法試験を独習で合格するには〇〇時間もかかります。非常に難しいです。そこで!〇〇の講座を受講すれば~」みたいなのが出てきませんか?
結局、どうすればいいのか。結局は独習なんでできないのか?そう考えていました。
こういう風に、法律とは、自分で勉強するなんてできない、プロが秘伝の技のように習得ができないものなのか、という言説が流布されているように思います。
そうすると、高校生のみなさん(が私のブログを読んでいるかはさておき)からすると「法学部なんてやめとこう…なんかムズそう…」と敬遠することにつながりますし、せっかく法学部に来た(哀れな)学生にとっても「法律の勉強なんてやめよ…バイトでもしよ」みたいになりかねません。
また、もうちょっとやる気のある学生も、「なんか独習無理そう…予備校行かないと」と予備校に行ったとしても、結局、勉強のやり方が分からないと挫折してしまうことになります。
私は、のほほんと大学へ行き、のほほんと勉強していきましたが、次第に多くの同志がリタイヤしていきました。予備校へ行こうがいかまいが、結局は正しい勉強の方法をしていく必要があるのです。でないとどうにもなりません。
ところが、予備校や情報教材などでは、「独習は無理です。しかし、〇〇のテキストだと~」のように売り込んでいきます。それは当然でしょう。そういう業界です。彼らは、独習が無理だと思っているからこそ、なんだかすごいテキストや講座を用意しているのです。そういう立場の人からすると、独学で法律を勉強するなど、危険な毒薬のようなものでしょう。
しかし、私自身は、ずっと資格予備校へ行ったことはなく、また、いわゆる「予備校本」も使用していません。それでもふわっと各種試験を受け、合格しています。これは、私が特に秀才だからというわけでは断じてありません。昨日食べたごはんは常にわからないし、お風呂に入ってシャンプーした後に「あれ、シャンプーしたっけ?」ってなります。そんなもんです。特に記憶力が高いわけでも、理解力が高いわけでもありません。大学入試では第一志望に落ちました。
繰り返しますが、大事なので覚えてください。
予備校へ行こうがいかまいが、結局は正しい勉強の方法をしていく必要があるのです。でないとどうにもなりません。
一人で勉強していくのはとても孤独です。でも、独学は楽しいものです。わからなかったことが次第にわかるようになる。バラバラだったピースが少しずつはまっていく。気づいたころにはずいぶんと力がついている。
正しく独習をすることで、「毒」と言われる独学を独楽にしましょう。
ちなみに、独楽と書いてコマと読みます。回るコマですね。お正月の風物詩の。
自律して自立し、自分で回れるように、そして変な言説を弾けるように、みなさんのお手伝いをしたいと思います。

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